2006年03月30日
第2回地元実行委員会(県母親大会)
第2回目の地元実行委員会が開かれました。27人の方が集まって下さり、活発な論議がなされました。「県の実行委員の中からエスポワールを見学分科会の中にいれたらと言う声がありますが」『えー?入所者を戸惑わせることになりはしませんか』、「憲法9条を海外の目から見た映画がDVDになっているのだけど。平和の分科会でそれを上映して、感想を述べ合ってもいいのじゃないかという声が県の運営委員会で出ました。」『とにかく人を集めるために、映画なんかいいんじゃない?平和がテーマの母親大会ならこれはどう?宮沢りえ主役の父と暮らせばなら20万円だけど夜も上映すれば十分もとが取れるのでは。』.......
県と地元の思いにそれぞれ食い違いが見られますが、どちらにしても何とか成功させたい、財政をしっかりと成り立たせたい。と言う思いであることには間違いありません。市と教育委員会の後援が取れました。力を貸してくださる皆さんと共に、母親大会の歴史の上に実のあるものをつくっていきたいと思います。
2回目のこの日、会員の方がボランティアでドーナツを作ってくださいました。あっという間に完売しました。会があるごとに太りそうです。
2006年03月27日
急な通学路に転落防止柵を
新興住宅団地の旭丘から小学校への道は、途中傾斜の大きい坂があります。冬の凍結、雨の日のすべり、下の畑に転落。こうしたことから何度お願いしたことでしょう。途中まではしていただけたものの不十分なままでした。
およそここは地域の生活道路。でも国道が近くに通ったので、通学路として定着している今日、階段状にする、手すりを設ける、窓対策をとこのたびお願いしました。PTAの役員会を経て教育委員会に行くと、快くその日のうちに視察に来ていただき、今年度予算の中でしていただけました。
しかし階段や手すりとまではいかず、転落防止柵の延長設置と言う形になりました。凍結については凍結防止剤をまくと言うことで決着がついたようです。
2006年03月24日
楽しいドーナツづくり
3月18日の運営委員会で販売しようと、前日の夜集まってドーナツを作った。指導は会員の中塚さん。実に手際よく作っていく。自称子供会員の二人も楽しく手伝った。これがまたおいしい。記念にパチリ。
24日の第2回地元実行委員会でも販売をする予定。24日はお手伝いなしで大変だけど、献身的な会員のボランティアがうれしい。愛情いっぱいのドーナツ。私も手伝ってみて、こんなに手軽にドーナツが出来るとは思っていなかったので、目から鱗でした。
岡山県母親大会地元実行委員会
今日24日第2回地元実行委員会が開かれる。準備会から誕生した地元実行委員会第1回目は1月17日のこと。母親連絡会の呼びかけに応えて31名の方が集まってくださった。第2回の今日がどう展開するか楽しみです。
今日まで地元実行委員会が誕生して一月あまりだが、県の実行委員会(2月25日)、運営委員会(3月18日)にそれぞれ参加。これまで地元の役員会、財政活動のためのドーナツづくり(3月4日、3月17日)など動き始めた県大会成功に向けての渦が感じられてうれしい。笠岡で出来るものではないとの友人の言葉を忘れずに、今ある力で、これから蓄える力で成功させたい。
2006年03月23日
おかげ市で署名
1月29日に続いて今年で2度目の参加。一月に一度の大仙様のおかげ市で平和憲法9条守れの署名を呼びかけた。平和の大切さ、子供たちを戦場に送るなの思いを強くもって取り組んだ。
今日はとても暖かだったが、風が出始めると寒さはまだまだ3月のもの。写真は1月のものだが、まったく同じ服装で少々風邪気味の私にはちょうど良かった。仏具売りの店と、刃物の店の間で署名にご協力ください!!と行きかう人たちに呼びかける。「おばあちゃんようお参りになられました。」目線にあわせて腰をかがめ、笑顔で問いかける。『あんた何をしょんですりゃー?宗教かねェ?』説明すると快く書いて下さる。『がんばんなせーよ』と励ましをいただく。
『私は父を戦争で亡くしてる。』「つらかったでしょうご苦労なさいましたね。」『あなたたちの知らないつらさを実感してきた。2度と戦争はいけません。人殺しはいけません。』『9条って何?アー平和ね。書くよ』『手が震えるから代わりに書いて』笠岡市内はもちろんだが、岡山、倉敷、福山、井原市からの人たちもいて、1時間の取り組みで、私は45人の方に賛同していただいた。前回よりも反応はいい。岩国の住民投票などもあったことだし、関心の高さアップかな?うれしかった。
乳幼児医療費の改善を求めて
22日、笠岡市に対して、乳幼児医療費無料化を進める笠岡の会のみんなで、更なる改善を求めて話し合いを持ちました。
1月28日、会の皆さんで、笠岡市の6才未満と言う現行の乳幼児医療費助成制度の改善を求めて市と話し合いを持ちました。3月議会の中で、質問に答えて市長は通院も就学前まで改善すると答弁されました。しかしこの日、会の皆さんは、改善に対する感謝を述べながら、隣の里庄町は7歳未満、新市浅口市は10歳未満、せめて山陽沿線の市町にあわせてほしいと要望しました。すぐには出来ないが、検討するとの助役の答弁がありました。引き続き、運動を進めていくことを話し合って、解散しました。
2006年03月21日
岡山母親大会 in 笠岡
「生命を生み出す母親は生命を育て、生命を守ることを望みます。」と言うスローガンのもと、日本で母親大会が開かれて今年で52年目となる。子供たちの未来を平和で明るいものにするため、女性の、母親の日々の悩みや頑張りを持ち寄って、共に明日から又元気で歩むための女性の集まりだ。岡山県でも全国の大会を受けて開かれており、今年の大会は40回目となる。
笠岡で開かれることになった。今年7月2日日曜日、笠岡市民会館が会場となる。
第1回の地元実行委員会を成功させるために、母体となった母親連絡会は多くの人に呼びかけた。2月17日、市民会館の会議室に31名の人たちが集まって下さった。まだその内容について知らない人も多くおられたが、活発な質疑の中でイメージがふくらむ。この日、内山弥生さんを地元実行委員長に選んで地元実行委員会が発足した。
2月25日は第1回岡山県実行委員会とのことで、地元要望を持って、内山委員長、日向会計担当、と3人で岡山に出席。前日、大会運営資金づくりのために会員がドーナツを作って持ってきてくれた。実においしくって、5個いり14袋が、1袋200円で全部売れてしまった。気を良くした委員長は、3月5日に会議があって30人ほど集まるからもっていくと言い出し、前日4日には樋之津邸で200個のドーナツを作った。小さい子供もきたりで、我が家のテーブルの上は粉だらけ。それぞれにお土産も出来て、無事30袋分を委員長は持ち帰った。もちろん完売。
こんなに楽しい集まりは、どこかたまり場でも作って続けたいな。事務所探しが始まっている。
3月議会閉会で
予算審議を始め、重要な議案が審議された。環境福祉常任委員会でも笠岡市の介護保険料値上げが最終的な予算審議の場を迎えた。18.8%もの値上げ案なのに市民の「生活を守って」と言う願いを誰も何も言わない。大幅な値上げ案を盛り込んだ、議案第38号笠岡市介護保険条例の一部を改正する条例について、委員長報告は可決であったが、その経過と問題点を反対討論に込めて発言した。
日本共産党のひのつ倫子です。
ただ今、環境福祉常任委員会委員長より、笠岡市介護保険条例の一部を改正する条例について、可決との審査結果の報告がなされました。
私は、常任委員会でも反対の立場で意見をのべましたが、この条例一部改正案は市民に対する大幅な負担増を強いるものとなっています。到底容認できるものではありません。反対の立場で討論に参加いたします。
このたびの条例一部改正の中身は、これまで市民の払ってきた介護保険料を平均18.8%にものぼる値上げ案という内容です。中には37.3%というあまりにも大幅な値上げのため、激変緩和措置をとらざるを得ない区分も生じています。
環境福祉常任委員会に値上げ案が示されたのは、1月17日で、当初、平均18.7%の値上げ案でした。大幅な市民負担増となることから、2億1000万円にのぼる準備基金の計画的な取り崩し、一般会計からの繰り入れで、少しでも軽減を図るべきと強く述べたところです。
しかし、執行部からは基金の取り崩しも、一般会計からの繰り入れも出来ないとの考えを示されました。
ところが、2月16日の環境福祉常任委員会では、「地域包括支援センターなどの新事業を一般会計予算ではなく介護保険事業として行うことになった。」と言う理由で、これまで取り崩せないとしてきた基金から「1億4000万円取り崩すことにした。」と言う報告がなされ、結果介護保険料をさらに0.1%値上げし、平均18.8%の値上げ案を示されました。
皆さんもご存知のことと思います。今国会で審議中の医療制度改革法案は、お年寄りの医療費を1割から2割負担へ、又、働いているお年よりの医療費を2割から3割負担へと大幅な負担増を強いるものとなっています。又岡山県は、単独で行っている医療費公費負担制度を所得制限、自己負担、などの導入で、お年寄りなどへの負担を押し付ける中身となっています。
このような制度改正は市民に対する大幅な負担増となり、改悪であります。特にお年寄りに対しては2重3重の負担増となり、やってはいけない弱いものいじめの典型です。
このたびの介護保険料の値上げ案、到底許されるものではありません。2002年、3月19日、参議院の厚生労働委員会で、わが党の井上議員の質問に対し、当時の坂口厚生労働大臣は、一般会計からの繰り入れは「不適切 」とする「3原則」は「助言」に過ぎず、「自治体がそれに従うべき義務はない」と答弁をされています。せめて、地方自治体の責務、「住民の福祉と健康の増進」の姿勢に立ち、一つには準備基金の計画的取り崩し、2つには一般会計からの繰り入れで、少しでも値上げ幅を抑え、市民負担の軽減を図るべきと考えます。
以上述べまして、介護保険条例の一部改正案、大幅な保険料値上げのこの条例案に反対いたします。
2006年03月20日
これまでの絵手紙
以前のホームページに掲載していた絵手紙へのリンクはこちらからどうぞ。
http://oehama.web.infoseek.co.jp/m/etegamiMENU.html

2006年03月18日
3月議会 ひのつ議員の個人質問と答弁の概要
笠岡市議会3月定例会で、日本共産党のひのつ議員は個人質問をしました。
質問と答弁の概要を掲載します。
ひのつ議員の個人質問と答弁概要 PDF21KB
卒業式
今年も卒業式に招かれた。いつもと違って中学校では在校生が喘息で死亡。告別式と重なった。改めて命の輝きに目を向けずにいられなかった。命あればこそと思わずにはいられなかった。
その子の兄もまた告別式への参列のため、卒業式は欠席。彼の名が呼ばれると、クラス全員が出席できなかった彼をみんなで支えるかのように大きな声で「はい!!」と返事をした。私の胸に喜びよりも悲しみが、いや希望よりも連帯がずっしりと重く響いた。
命さえあればと言う思いを改めて思い知らされた気がする。心から冥福を祈った。
2006年03月16日
リンク 笠岡市議会と関連サイト
笠岡市議会(調整中)
笠岡市(調整中)

ひのつ倫子「自己紹介」
略歴1948(S23) 父・久士、母・智子の長女として生まれる
1961(S36) 笠岡市立金浦小学校卒業
1964(S39) 笠岡市立金浦中学校卒業
1967(S42) 私立金光学園卒業
1971(S46) ノートルダム清心女子大学卒業
1971(S46) おかやま山陽高校勤務
岡山私教連婦人部長・全国私教連女性部常任など歴任
2000(H12) おかやま山陽高校退職
2000(H12) 笠岡市議会議員当選 1期目
2004(H16) 笠岡市議会議員当選 2期目
天文台の里で生まれ、カブトガニの浜で育ちました
当時、東洋一と言われていた竹林寺天文台のある、母の故郷浅口郡鴨方町で生まれ、天然記念物カブトガニが生息する笠岡湾(今は広大な干拓地)を望む生江浜(おえはま)で育ちました。
本が大好き
伝記物、文学小説、漫画,推理小説…何でも好きでした。小学生のとき、友達と図書室の本をどちらが多く読むかと、読み比べた事もあります。
英語が大好き
中学校時代に英語に興味を持ち、大学では英文科を専攻しました。短期間でしたが、ホームステイをしながら、アメリカで英会話を勉強しました。1969年のことです。勉強のために、洋画をよく観に行きました。特に「サウンドオブミュージック」は、3日間、終日見たこともあります。
音楽・スポーツ大好き
子供時代、ピアノなど手に届かず、オルガンを買ってもらい、鍵盤をたたきました。中学校では、「チゴイネルワイゼン」の弦の奏でる、繊細にして、哀愁というより悲哀に満ちた響きに胸を震わせました。大学では、オーケストラに入部し、トランペットを担当しました。軽妙なリズムを聞くと、体が自然に動きます。
小学校では健康優良児、中学校時代は砲丸投げの選手に選ばれました。大学を卒業してテニスを始め、今でも続けています。
退職までの約10年間、ダイエットも兼ねて、マラソンを始め、ハーフマラソンを完走できるまで頑張りました。ベストタイムは1時間49分です。
共産党との出会い
山陽高校に勤務して、教育活動を進める中、世の中の矛盾を知り、組合に加入し「教え子を再び戦場に送るな」というすばらしいスローガンに出会いました。そのスローガンを日常の教育活動に具体化する中で、共産党と出会いました。

樋之津倫子(ひのつ・みちこ)
日本共産党 笠岡市議会議員
笠岡市生江浜965 郵便番号714-0055
TEL/FAX 0865-66-1738 携帯 090-2862-4775
Email: mhint@kcv.ne.jp
これまでの「みちこだより」
議会報告「みちこだより」のうち、以前のホームページに掲載していたNo.1-No.23をリンク掲載します。http://oehama.web.infoseek.co.jp/m/michikodayoriMENU.html

日本共産党 リンク集
春名なおあき参議院比例候補
仁比そうへい参議院議員
中林よし子元衆議院議員
2006年03月12日
はじめまして
今日からブログの世界に参加します。宜しくお願いします。