2007年05月24日
敬業館にて
史跡の保存について敬業館の名は良く知られています。でも私は初めて訪れました。じっと見つめていると空気まで昔の匂いがしそうです。
投稿者 ひのつ倫子 : 2007年05月24日 22:10
コメント
あなたのすばらしい活動いつもながら脱帽です。
ところで「敬業館」とは何ですか。教えてください。
投稿者 大本よし子 : 2007年05月25日 10:57
先日の会議におられるかと思い、翁草を一鉢持って行きましたのに、ことづけるのも忘れていました。又後日お届けします。敬業館は、1797年に有志によって創設された郷校です。敷地面積196坪。2代目の小寺康之は特に頼山陽が京に招いたほど経学に詳しい人物だったそうです。そこの学館は明治16年後継者なく、閉じられましたが、文教の発祥地として保存されています。
投稿者 ひのつ倫子 : 2007年05月25日 23:29
コメントのやり取りを見て「敬業館」が何か分かりました。頼
山陽はこの倉敷の地でも活躍したようで船穂町の地にも筆跡が残っています。
投稿者 田儀 公夫 : 2007年05月27日 22:18
ありがとうございました。一面に説明が要りましたね。頼山陽って中国地方に由香里が濃いのですね。
投稿者 ひのつ : 2007年05月27日 23:02